過去との対話

今週も「新人研修」を受けてきました。ここまで、しっかり初期教育をする会社は見たことないです。自分が新卒入社ときの研修よりもすごい。まぁ、それくらい危険が伴うってことなんだろうけど(^^;)。

 

でも、やっぱり研修中ということもあって、なんとなく緊張感がないんですよね。『いい仕事は、信頼を得ようとする心が生み出す』…っていうのが前職で(苦労しながら)学んだことだから、それは忘れないようにしたいと思っています。結局それが一番大事なことなのよね。

 

私と一緒に中途入社した10歳ちょっと年上の人がいるのですが、その人に「度胸いいですよね」って言われて、ちょっと嬉しかったです。昔は、自分に自信がなくて、気が小さくて、バカにされたりして、なんというか常に不安と劣等感に苛まれながら生きていました。人付き合いも苦手で、そういう劣等感を克服しようと「修行」していたのが自分の20代でした。だから、度胸がついたっていうのは、自分的に一番の褒め言葉だったりします。

 

色んな試練から逃げずに経験を重ねるなかで、ちょっとずつ成長できたのかなと思います。この前の失業期間3か月も、一度立ち止まって過去を振り返り、対話し、理解する。そういうことに時間を使えたのも非常に良かったです。

 

いつも自己否定して生きてきた人生だったので、ようやく自分を肯定することができるようになってきました。自己否定とは自分の過去を否定することで、自己肯定とは自分の過去を肯定するということで、自己受容とは自分の過去を受け入れることなんだと思います。

 

過去との対話の大切さを感じるようになったのが、今年一番の気づきでした。これで終わりと言う訳ではないので、これからの自分の活かし方というか、自分の過去と対話しながら進んでいきたいと思います。

「新しきを知る」ということ

人生5回目?の転職をして、新生活が始まりました。最初なので教育というか研修が続きます。

 

いままでの転職は(結果的にですが)、新しい経験をして守備範囲を広げられる仕事を選んできましたが、今回は自分の経験を活かせる仕事を選びました。実際、同時期に中途入社した人が数人いるのですが、みんな全くの畑違いの仕事からの転職のようで少し驚きました。

 

だから、いままで自分がやってきたことも捨てたもんじゃないな~なんて思っています。研修を受けていても話の内容をイメージできるし、何をどうすればいいのかってのも、掴みやすいです。(今までの自分の職歴が別の会社でのスキルとして役立つことなんてないと思っていました。)

 

30代くらいになると、知らず知らずのうちに自分の中に経験が蓄積されていて、それをうまく活かすこと、それを深めること。あるいは、それが自分の安全基地となって、また新たなチャレンジができるようになってくるのかな~なんて思っています。

 

温故知新と言う言葉があるように、自分の中にあるものをうまく活かすことで、何かを知ることができるということです。でも、「新しき知る」ってことも、年齢によって意味合いが変わってくるんだろうと感じました。

 

10代20代のころは経験が蓄積されていないから、手当たり次第に新しいことをやっていくんだと思います。その分、体力はいっぱいあるし。いろんな人の影響を受けて、いろんな場所に行って、いろんなことをやって…。

 

だから、10代20代のノリで手あたり次第に首を突っ込むやり方は、いまの自分には合っていない。もっと、うまいやり方があるのだと思います。いずれにしても、過去の自分の経験は財産です。過去を振り返って、それを活かして、新しいことを学んでいく。この仕事も何年続くかは分からないですが(笑)、そのことを教訓にしていきたいと思います。

プログラミング

失業中は、せっかく時間ができたから興味のあったプログラミングの勉強もしていました。時流に乗ろうと思って、Python機械学習の勉強を1~2か月くらいやってみました。

 

まず、Pythonの基本文法と言ったらいいでしょうか。その辺は、やんわりと理解できました。ただ、それをどうやって応用して行けばいいのかってのが分からんですね。あとは実践していくしかないんでしょうけど…。

 

あと、機械学習の方ですが、コードの例文を見て勉強するのですが、これがイマイチつかめない。教師あり学習はこういうコードを書けばこうなる…というのは、分かるのですが、中身どういうことをやっているのかが分からない。

 

いわゆる人工知能って、線形代数とか統計学とか数学が基になっているんですよね。確かに、「数学が分からなくてもコードは書ける」「動けばいいんだから」とも言える。ただ、物事の仕組みを理解したい自分としては、なんか気持ち悪いというか何というか…。

 

やっぱり中身、どういう仕組みなのか知りたいな。ロジスティック回帰とか、ランダムフォレストとかk近傍法とか、あるいはCNNとか、仕組みを知りたくて調べてみるけど、難しくてよく分からない…、と挫折してしまう。よくないサイクルです。

 

つくづく思ったのですが、何か作りたいものがあって、だからそれを実現するために学ぶんでしょうね。自分の目標、欲求が明確になっている人は、やるべきことも明確。私はけっこう素直な性格と言われるのですが、自分の気持ちには素直じゃないんですよね。周りを気にして抑圧して、そして自分の欲求がよく分からなくなってしまう。だから、目標を立ててそれに一歩ずつ足元を踏み固めながら進んでいくことが、すごく苦手です。

 

これは、タイプ論でいうと自分の劣等機能である「感覚」、これを鍛えることが一歩づつ進むということに繋がる。自分はいいな~というイメージがどんどん湧いてくるのですが、それに向かって一歩ずつ進んでいくというのができない。自分の大きな課題だと思っています。

 

プログラミンの勉強を通して気づいたこと。

①基礎知識の大切さ。いまの時代、プログラミングや人工知能の知識は必要。でも、時代の変化が速くて新しい技術がどんどん出てくるから、ついていけない。だから、そういうときこそ原点に戻って基礎の知識が大切になる。数学とか物理とか。そういう知識ってやっぱり必要だと思った。

②自己理解。自分に素直になること。自分の気持ちが分からないと、目標も見つからない。自分を客観視し、地味だけど着実に進んでいくことができるようになれば30代の目標は達成かな。

 

ちなみに、20代の目標は、自分の劣等感を克服することだった。苦手だったコミュニケーション能力を高めることとか、自己肯定感をつくることとか、他にも数々の自分の中にあった劣等感に向き合い、克服することが本当に「目標」だったといってもいいと思います。

 

だから、劣等感の克服から、劣等機能の強化へ精神的な目標が変わったのかな~なんて思います。

この3か月で学んだこと。

私はこの3か月弱の失業期間でやったこと、やりたかったことは出来たのでしょうか。仕事に追われていたときは、自由になったら、海外旅行に行きたいとか、永平寺で修行の体験をしてみたいとか…、そんなことを考えていました。

 

実際、完全に自由な3か月でしたが、遠出することはありませんでした。せいぜい、日帰りの長距離ドライブくらいで、温泉なんかに行って帰ってきていました。外泊することはなかったですね。

 

原因のひとつは、仕事をやめて収入はなくなったけど、出費はさほど変わらないというか、むしろ増えたことかもしれません。毎月の住民税、健康保険、国民年金などをはじめ、最近だと自動車税などなど、支払いが多い。それに加えて食費とか車の整備費用、ガソリン代なんかもかかりますしね。

 

これからの教訓はと言うと、

 

①やっぱり人並みの生活するためには稼がないといけない。思ったより出費は減らせない。(健康で文化的なちょっといいくらいの生活をしたいから)

 

②海外旅行したい、日本縦断したいと思っても、本当はそこまでしたくない?要は気分転換をしたいということ。ちょっと遠いところまでドライブするだけでも、気分転換できる。あとは、たまに東京、まれに大阪とか北陸とかに行ければそれでいい。

 

③意外にも、体を動かすのが好き。ジョギング、ウォーキング、筋トレ、水泳など、何かしら体を動かすのが好きなことが分かった。これも気分転換になるし、健康増進にも繋がるし。これも、頑張らないことがコツかな。

 

④車は維持費がかかる。月2万円くらいずつ積立てをする。ガソリン代や自動車保険などの月々の出費のほかにも、大きな出費があるのが車の痛いところ。自動車税とタイヤ代、車検、その他整備費用の引当金として月2万円程度の積み立てをしていくこと。(その他に、車の買い替えのことを考えると、車のために仕事しているような気がしてくる…。)

 

⑤知りたいということ。子ども時代から続く、本質的欲求とも言えるのは、物事の仕組みを知りたいということ。知る喜びって、何ごとにも代えがたい。だから、読書も好きなんだろうな。この好奇心が自分の原動力な訳だから、この気持ちはずっと大事にしたい。

 

要するに、人並みの生活のためには、人並みに稼がないといけない。仕事をすればストレスが溜まる。だから、気分転換が必要。気分転換をしながら、無理しない程度に仕事をすることが大切。

 

ただ、それだけだと自分の人生の可能性が広がらないので、自分の欲求に素直になること。自分は何をしたいのか?何を知りたいのか?あるいは、なぜ好きなのか?なぜ嫌なのか?そこから始まるのではないのかな。

のんびりブログ

こうして、のんきにブログを書いていられるのも、あと数日。残り僅かな時間のんびりとした時間をじっくりと味わいたいと思います。

 

私は10年ほど前にも無職の期間があって、ちょうどその時もブログを書いていました。いま書いているブログと、その時書いていたブログで大きく変わったと思うのが、知識や経験を組み合わせて出力できるようになったということです。10年前に書いていたブログは、頭に入力した情報をほぼそのまま出力していたようなものでした。備忘録に近いブログと言ったらいいでしょうか?自分の意見を書くことが苦手で、書いてもせいぜい数行と言ったところでした。

 

いまは、自分の意見を言えるようになってきたし、自己理解が進んで自分の気持ちが分かるようになってきた。自分の中にあるものと掛け合わせることができるようになってきたと思います。

 

以前読んだ、黒川伊保子さんの本に書いてありましたが、人間の脳は28年ごとに大きく変わっていくのだそうです。生まれてから最初の28年は入力特化型、次の28年(29歳~56歳)は挑戦と失敗を繰り返しながら勝ちパターンを見つけていき、その次の28年(57歳~84歳)でようやく出力性能が最大になるのだそうです。

 

だから、30代の自分にとっては、「挑戦」→「失敗」→「後悔」→「挑戦」を繰り返して行くことが大切のようです。よい後悔は脳を成長させるらしいのです。

 

自分は子供の頃は図鑑好き、大人になってからは読書好きだったこともあって、わりと入力は一杯した方かなと思います。体験はというと、人付き合いが苦手だったのを克服したし、仕事も3、4回転職したこともあって良くも悪くも色んな経験はしてきました。もともと、HSP気質なのに敢えて感情刺激が強い仕事を選んで“精神修行”をしてみたり…。自分にとって、いままでの仕事は逆境に身を置くことで自分を鍛え直すっていう意味が強かったです。

 

だから、これからは人生を楽しむというか、そういう方向に軸足を移していきたいと思っています。サラリーマンとしての仕事だけが人生じゃない。もちろんサラリーマンは、ちょっと我慢すれば月々決まったお金をもらえるありがたいシステムです。それを活かしつつ、やりたいと思うことをやってみる。これも挑戦ですよね。

 

例えば、何か副業をしてみたり、勉強してみたり、旅行してみたり…、あるいは、投資物件を探してみたり…。(だから、時間が欲しいから休みは週休3日制が良いんですけどね。)そして、それをアウトプットしていくということが大事なのかなと思います。

 

与えられた仕事を忠実にがむしゃらにやると言う今までのやり方を変えて、自分で課題を発見してその解決法を考えて提供するといった方法に考えを変えていくことも大切です。

 

入力する情報(本など)も、興味あるものを手あたり次第に…、というインプットのやり方ではなく、良質なものを吟味してという方法にしていきたいです。

 

それから、あまり本業の仕事は頑張りすぎず、自分の時間を楽しむということも大切なことです(いままではこれが苦手だった)。ショーン・エイカーによれば、成功したから幸せになるのではなくて、幸せだから成功できるということもあるので、楽しむことのなかで、新しい挑戦をしていったら良いのだと思います。

 

これからの挑戦?リスト

・自分の苦手なこと(劣等機能)を鍛える。

放送大学で科目履修

・副業を始めてみる

いまごろ採用の連絡…

来週から新しい仕事がスタートするのですが、今になって前に面接を受けた会社の採用担当者から連絡が来ました。手続きが完了したので、もう一度ハローワークから申し込みをして欲しい、もう面接済みだから申し込みするだけでいいとのこと。いくら大型連休を挟んだからとは言え、1か月半も連絡がなかったのに、いきなりそんなこと言われても…。次も決まっているし、今更引き返せない…。

 

うまくいかない時というのは、いろいろとタイミングが合わないもの。その会社に申し込むときも、

 ①ハローワーク契約社員用の求人に申し込もうと思ったら前日で充足のため取り消されましたと言われ、

②無理と思いながら正社員用の求人に応募し、面接をしてもらったら学歴と経験がないことを散々言われ、

③それでも、半年間(ボーナスは出せないけど給料と住宅手当がでる)見習いという形でならどうですか?合否は半年後のスキルで判断するということで、

④その手続きが終わったら連絡します(採用まで1か月くらい)と言われたのに、

⑤結局、連絡がきたのは1か月半を過ぎてから。

 

そうこうしている間に、別な会社の採用が決まって来週に入社日を控えているのに、今になって後戻りすることはできない。

 

人生うまくいかない時は、やっぱりうまくいかない。変にタイミングが合わないこともあれば、一方でポンポンとテンポよく物事が進んでいくこともある。自分の成長のためには、伸びている業界に身を置くことが大切だとは思うけど仕方ない。今回は縁がなかったということ。

 

ある1つの出来事が起きるときは、何十、何百という多くの要素が絡み合っている

名越康文図解 対人関係が一瞬で楽になる心の技術」より)

 

ひょっとしたら、これも何か意味があるのかもしれないですよね。

 

ただ、今回のタイミングが合わなかった会社の面接は強烈な体験でした。社長が出張中という事で会議室に案内されスカイプ経由の面接で、社長の顔が逆光で真っ暗で相手の心を読めない。そんななかで、自分のキャリア、学歴について散々言われる。真意は、正社員としては無理だから、半年間見習いでやってみたら?ということなんだけど。

 

30歳を過ぎて、ダメ出しをされる経験が全然なかったから貴重な体験だった。渇を入れられたというか、思いっきり警策で叩かれた感じ。その時は、挫折感と言うか、自信を無くしたことも事実だけど、それのおかげで自分を見つめ直すことができた。

 

自由の身になって3か月弱だけれども、自分自身を振り返って自分を考える良い時間だったと思う。なんとなく、やりたいこと、方向性が見えてきたような気がする。

振り返る余裕

次の仕事が決まり、ゆっくりしていられるのも残りわずか。もう2か月以上になりますが、本当にのんびりした贅沢な時間でした。時間に追われることがないからこそ、過去を振り返ることができる。そういう時間があってこそ、豊かな人生と言えるのではないでしょうか。

 

 

記憶は個体ではなく動体である。名詞ではなく、動詞である。いわば僕らの半歩先で常にゆらいでいる存在といえます。・・・「思い出すこと」「振り返ること」とは決して後ろ向きな作業ではなく、記憶との対話によって人は成長することさえ可能なのではないでしょうか。

 

 

記憶のメカニズムを整理すると、脳はまず、海馬で一時的に記憶を蓄えます。この短期記憶と呼ばれるものを長期記憶へ移動させるのは、大脳辺縁系の役割です。こうして記憶が定着されても、大脳新皮質の中ではずっと編集作業が行われます。頭がいいというのは、この編集力が高いということです。正確に憶えていることはコンピュータがやってくれますが、コンピュータが逆立ちしてもできないのが、記憶を編集すること、すなわち悟ることです。

 

 

将棋の棋士は、対局が終わったあとに「感想戦」という対局後の検討をするそうです。ここが勝負の分かれ目だったとか、ここが失着だったなどということを対局者と共に振り返るのです。感想戦。いわば、過去の自分を振り返り、「こうすればよかった」とお互いに認識し合う戦です。これは脳の使い方としても、興味深いことです。なぜなら、負け戦を「失望」するだけなら事実を理解するだけで済みますが、「後悔」するためには、実際に起こったことだけでなく「起こり得たこと」も見定めなくてはいけないからです。つまり、「後悔」とは、現実と反現実を比較したうえでの認識なのです。脳の活動としては、たいへん高度な働きです。

茂木健一郎・著「脳を活かす生活術」より

 

 

経験から学ぶとよく言いますが、その経験から何を感じ、何を学ぶのか?そして、その経験の意味を考える。そういうことが、脳の記憶の「編集作業」なのかなと思いました。

 

とりわけ、自分が何度も思い出す記憶は、自分にとって非常に重要な意味があるのだと思います。それを押さえつけたり逃げたりするのではなく、蘇ってくる記憶に向き合うこと。これが大切なことなんだと思います。

 

本当に記憶と言うのは流体で、「編集作業」が起きると記憶の意味が違ってくる。いままで、嫌な思い出だったものが、良い思い出へと変わるってくるようなことまで起こるのです。でも、それって自分の思い出したくもない嫌な思い出から学び取ったからこそ起きる変化なんですよね。

 

30年も生きていると嫌でも色んな経験をします。入力中心だった10代20代と違って、30代40代は記憶を編集することによって、自分の体験から学び、そして次に活かすことが出来るようになるのではないかと思います。

 

そういう意味でも、この2か月ちょっとの時間は過去を振りける日々で、自分の過去から色んなことを学ばせてもらったと思います。意外に、自分にとって大切なことは、自分の中にあるものなんですよね。

これからの目標 …③

これからの目標ということで、30代に進むべき人間的成長の面での方向性について考えてみました。

 

じゃあ、将来は何をやりたいの?という話ですが、特にやりたいことはないんですよね。やりたいことがないから自分に出来ることをやりましょうという感じ。

 

とりあえず、自分に出来ることをやって、自分のやりたいことは特にないけど、自分のやるべきことはある。それは、何度も書いた「全体性への道」を歩むということ。

 

人間性を磨く、鍛える、そして豊かにする。それが自分のやるべき課題なのだと思っています。

 

当面は、自分に出来る仕事をして、そのなかで劣等機能を耕す。そして、お金を貯める。将来は心理学とか宗教学、民俗学、日本史なんかを学べたらいいな~なんて思っています。

 

自分の興味あることがお金になるかというのは別問題。それが悲しいところ。将来は、自分の経験を活かした心理カウンセラーなんかになれたらいいなと漠然と思っています。「実用的なことが苦手」なので、なかなか難しいですよね。

 

でも、人生は思ってたよりも長いから、自分にできることを少しずつ増やしていこうかなと思います。金を稼ぐだけが全てじゃない。やっぱり内面を豊かにすることも、それ以上に大事だと思います。

これからの目標 …②

これからの私の目標は、劣等機能を鍛えて、あるいは補助機能を強化して「全体性への道」を歩むということでした。

 

だからこれからは、主機能である「直観」には少し休んでてもらって、自分の中の不得意な機能を使っていけたらと思います。

 

「直観」… 少し休んで他の機能を鍛えつつ、他の人は気に留めないような物事の本質、洞察、可能性、不思議な出来事を日記などの文章にして書く。

 

「感覚」 … いま、ここ、ありのままを感じる。こつこつ手順を踏んで一歩ずつ進む。

 

「感情」 … 自分の気持ちに気づき、理解する。自分の気持ちを分かってあげる。

 

「思考」 … 理屈で物事を考え客観的に分かるようにする。

 

 

とまぁ、機能別に書いてみたのですが、まずは与えられた仕事をコツコツ着実にこなすということなのかな~と思います。それが、感覚や思考のトレーニングにもなるし、いろんな感情を抱くことになるし。仕事で試練に立たされることで、人は鍛えられるし、そういう状況だから自分の知らない自分に出会えるというか、それが自己理解につながるのだと思います。

 

ただ、HSP特有の神経の高ぶりには注意が必要です。そういう意味でも、本当は自分はどう感じているんだろう?どうしたいんだろう?と自分の気持ちを理解してあげることはとても重要だと思います。HSPの人たちにとっては、無理をしない、我慢をしない、頑張りすぎないということを意識した方が良さそうです。自分との対話を通して自己理解を深めていきたいと思っています。

 

そして、仕事をコツコツこなすということに加えて、何か資格取得の勉強を始めてみようかと思います。仕事に役立ちそうな実用的な資格を。現実的な目標に向かって、一歩ずつ着実に歩んでいくというのは、「直観」に偏って生きていると、非常に難しいことに気がつきました。10年以上前から挑戦しては諦めるを繰り返している資格があって、それなりにお金を使っているので、リベンジにもなりますし。

 

さらに、劣等機能に関して劣等感コンプレックスを刺激するようなビジネスに乗らないということもポイントだと思いました。

 

ということで、方向性をまとめると、与えられた仕事をコツコツ着実にこなす。仕事に使える資格の取得に向けてコツコツ勉強をする。なるべくお金を使わないで、自分の知恵を使う。そして、焦らず自分を見失わない。

 

いままでの自分の生活からすると、ちょっと地味な感じがするな~と感じるのも事実ですが、全体性への道というある意味「修行」?をする上では、いいトレーニングになるのではないかと思っています。

これからの目標 …①

これからの自分の目標について考えてみたいと思います。

 

ここでは、社会的地位とか他人からの評価、収入とかではなく、自分が人間的にどう成長したいか?そのためにはどうするべきかと言う点です。

 

ささいなことにもすぐに「動揺」してしまうあなたへ。 (SB文庫)」と言う本を読んで、自己理解が進むとともに、ユング心理学のエッセンスを学ぶことができました。

 

このなかで、タイプ論の話がでてくるのですが、「思考」⇔「感情」、「直観」⇔「感覚」の4つの中で、自分に得意な面と不得意な面があって、得意な面(主機能)の反対側が不得意な面(劣等機能)というふうに考えるそうです。

 

自分の得意なところだけを使って偏っていると、いつか壁にぶつかって考えさせられる日が来る。そしてそれを乗り越えることで成長する。だから、劣等機能を鍛えることは人生の課題でもあります。

 

自分の主機能は「直観」、補助機能は「感情」と「思考」、そして劣等機能は「感覚」です。いままでは、「直観」に過度に偏った生き方をしてきたように思います。劣等機能を鍛え、補助機能をうまく使って、全体性への道を歩んでいけたらと思っています。

 

 

ささいなことにもすぐに「動揺」してしまうあなたへ。 (SB文庫)

ささいなことにもすぐに「動揺」してしまうあなたへ。 (SB文庫)